どうも。shunです。
2021年9月12日放送のおしゃれイズムでは、東京オリンピックの体操で見事銅メダルを獲得された村上茉愛さんが登場します。
東京オリンピック銅メダリストとして、一躍有名になった村上茉愛さんですが実は子供のころ子役としても活動されていたそうです。
現在はオリンピックで体操銅メダリストになるほどの実力の持ち主ですが、子どものころはどんな風に過ごされていたのでしょうか。
気になる子どもの頃の小学校~高校時代どんな風に過ごされていたのか見ていきましょう。
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Contents
村上茉愛さんのプロフィール
生年月日:1996年8月5日
年齢:25歳
出身:神奈川県相模原市
村上茉愛さんは神奈川県相模原市出身の現在25歳の体操選手です。
今年行われた東京オリンピックの体操競技の種目別床運動で銅メダルを獲得し、女子個人種目では日本初となるメダリストになったことは記憶に新しいと思います。
そんな村上茉愛さんいつから体操を始めたかというと、なんと3歳から始めたそうです。
きっかけは母の勧めで、体操を始めたとか。
3歳からと聞くとやはり「早いな~」と思いますが、どんな業界でも世界で活躍する人は2~3歳から始める人が多い印象ですね。
3歳なので自分の意思というより、お母さんの意思が強かったのかもしれませんね。
体操のことは詳しくないのであまり分かりませんが、テレビで練習風景を見ていると跳んだり回ったりしているイメージがあります。
競技の性質上高いところが多くなりそうですが、ケガとか怖くなかったのかと思ってしまいます 笑
そんなこんなで、3歳から始めた体操が現在まで続いて、ついにはオリンピックのメダリストまで上り詰めたわけですね。
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村上茉愛さんの小学校時代
こちららの画像が村上茉愛さんの小学校時代の様子です。可愛らしいさがありつつ現在の面影もしっかり残っています。
当時8歳でインタビューを受けていてこの時から注目を集めていたんですね。
ちなみにロンドンオリンピックは2012年にありましたが、出場はかなわなかったようです。
村上茉愛さんの予定では15歳の時にロンドンオリンピックに出場し優勝することが夢だったようです。
残念ながらロンドンでの夢は叶いませんでしたが、インタビューから16年後の2021年の東京オリンピックで見事銅メダルを獲得されています。
さて、そんな村上茉愛さんの小学校はどこだったかというと、東京都小平市立第3小学校に通っていたそうです。
生まれは神奈川県相模原市ですが、オリンピック体操種目でメダルを獲得したこともある池谷幸雄さんの主宰する池谷幸雄体操俱楽部で体操を習うためにわざわざ東京に引っ越してきたそうです。
スポーツの世界では越境入学というのは高校野球などで話には聞きますが、小学校のときから体操のために引っ越しをするほど家族からの期待や村上茉愛さん自身の希望もあったんでしょうね。
さらに調べてみると小学校の時に児童劇団に所属していて子役としても活動されていたようです。
コチラが子役時代の写真です。向かって左が村上茉愛さんですね。
当時9歳だったそうです。
村上茉愛さんが子役として出演した作品は2005年12月5日に放送された『ウメ子』というドラマに河合ウメ子役として出演しています。
一緒に映っているのは同ドラマの主演の深田恭子さんですね。
『なんで体操選手なのに子役?』という疑問がありますよね。
なんでも体操の先生である池谷幸雄さんが『体操選手として協議をする上でのプレッシャーに慣れるため』という方針のためだそうです。
何かのスペシャリストになるためにはそれだけしていてもダメということですかね。
村上茉愛さんの場合は体操のスペシャリストになるために体操の技術だけでなく、プレッシャーに負けない精神面もこの経験で身につけられたのでしょう。
それにしても、体操選手に子役、小学生と三足のわらじで小学生の頃から大忙しだったようです。
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村上茉愛さんの中学校時代
この画像は村上茉愛さんが中学3年生の15歳の時の写真です。この時は体操の注目選手としてももクロと共演していたんですね。
小学生のころに比べると当たり前ですが、幼さが抜けて目鼻立ちがくっきりしていますね。
さて、そんな村上茉愛さんは小平市立第3小学校を卒業後は私立武蔵野東中学校に進学されています。
武蔵野東小学校は探究科というオリジナルの授業があり、卒業生の実に6割が国立大学などの難関大学に進学している実績のある進学校でもあります。
体操の成績としては、
- 2010年の14歳の時に第41回全国中学校体操競技大会個人総合で優勝。同大会で種目別は床運動と平均台の2種目で優勝。
- 2010年の14歳の時に第64回全日本体操競技選手権女子種目別決勝の床運動で優勝。
などの実績があり、幼い頃から積み重ねてきたものが一気に開花したようですね。
村上茉愛さんの中学校時代の同級生
村上茉愛さんが私立武蔵野東中学校に通っていた頃、同級生に意外な人たちがいました。
まず一人がお笑い芸人の四千頭身の石橋遼大さん。
石橋遼大さんは自身のインスタグラムで村上茉愛さんとは中学の同級生であり、仲が良かったことを明かしています。
また、村上茉愛さんとの関係性を聞かれたときは『クラスも一緒だったし、僕らの学校は数学と英語がランク分けされていて、僕ら全く勉強ができなかったので一番下のクラスで一緒でした』と語ってます。
仲は良かったけど付き合ってたとかはないようです。
付き合っていたといえば、もう一人の有名な同級生と付き合っていたようです。
その付き合っていたもう一人の同級生は元体操選手の白井健三さんです。
今日は初めて遊んだ♡
そして五年目にして2人プリは二回目(^◇^;)でも、楽しかった!次会えるのはいつかな♪楽しみー( ´ ▽ ` )ノ遊ぶ時は遊ぶ!体操の時は体操に集中!頑張ろ༼ꉺ౪ꉺ༽みなさんこれからもよろしくお願いします♡ pic.twitter.com/eLCyK3UT— マイ☆ムラッチ (@0805Mai) January 8, 2013
村上茉愛さんが自身のTwitterで堂々と交際発言をしていました。
2013年で付き合って5年目ということは2008年頃から交際していたということになりますね。
こんな仲の良い写真も公開されています。
ちなみに現在二人は破局されているようです。
中学生という年頃の女の子ということで恋愛もしっかりたのしまれていたようですね。
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村上茉愛さんの高校時代
村上茉愛さんは高校は東京都の私立明星高校に進学されています。
高校でももちろん体操は続けていて高校での主な成績がこちら。
- 2012年の16歳の時に第66回全日本体操競技団体・種目別選手権大会の床運動で優勝。
- 2013年の17歳の時に体操の世界選手権の代表に選出、種目別床運動で4位入賞。
引き続き優勝などの実績を作られていたようです。
村上茉愛さんの大学時代
村上茉愛さんは明星高校卒業後は日本体育大学に進学。
日本体育大学は体操の名門として有名ですが、ここでも村上茉愛さんは体操競技部に所属。白井健三さんも同じ部に所属していました。
大学での成績はというと、
- 2016年の20歳の時に全日本体操選手権の個人総合で優勝。
- 2016年20歳の時にリオデジャネイロでは団体で5位入賞。個人で6位入賞。
大学でもしっかり成績は残されていますが、実は大学1年生の時には全日本体操選手権では21位という成績に終わっています。
そもそも大学に進学したのは実は体操のためというよりも就職のためという意識が強かったようです。
村上茉愛さんは日体大に入った理由を
日体大に入学したのも、将来、いい仕事に就きたいならば、とりあえず大卒、と思っていたから(笑)。ちょうど、大学2年時がリオデジャネイロ五輪の年。リオ五輪に出場して、後の2年間、大学で体操を続けたら、もう競技は終わり、というイメージを持っていました。
引用:https://news.yahoo.co.jp/
と語っています。
ただ、体操競技部の瀬尾京子監督から何度となく『体操に対する考え方、捉え方を変えなさい』と厳しく指導されたそうです。
そんな指導を受けているうちに村上茉愛さんは『何のために体操を続けているのか、なぜ大学に入ったんだっけ』と考えるようになったといいます。
そこから体操に対する姿勢が少しづつ変わり、2016年にはリオオリンピック代表、2021年には東京オリンピック代表に選ばれるまでになりました。
もし、村上茉愛さんが瀬尾京子監督にこういった指導を受けていなかったら『東京オリンピック銅メダリスト村上茉愛』は生まれなかったということですね。
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村上茉愛さんについてのまとめ
さらに白井健三さんとは当時交際されていたそうです。
高校は明星高校に進学されています。高校での体操の成績は、2012年の16歳の時に第66回全日本体操競技団体・種目別選手権大会の床運動で優勝。
2013年の17歳の時に体操の世界選手権の代表に選出、種目別床運動で4位入賞。
しかし、体操競技部の瀬尾京子監督から何度となく『体操に対する考え方、捉え方を変えなさい』と厳しく指導されたことで村上茉愛さんは『何のために体操を続けているのか、なぜ大学に入ったんだっけ』と考えるようになったといいます。そこから体操に対する姿勢が少しづつ変わり、2016年にはリオオリンピック代表、2021年には東京オリンピック代表に選ばれるまでになりました。
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